『47原則』台湾大学大学院への道のり

『47原則』台湾大学大学院への道のり

あなたは前世を信じますか?最近、母がこんな話をしてくれました。母にはある活動を通じて知り合った仲間がいます。その方は今は日本にはおらず、ボリビアという国に住んでいます。ボリビアと言われてピンとこなかったあなた、一人ではありません、私も正確な位置をグーグルしました。ボリビアは南米にあります。ブラジル、ペルー、アルゼンチン、など割りと耳にしたことのある国々に挟まれています。挟まれているといっても小さい国ではなく、人口は1000万人に対し、国土面積は日本の3倍以上もあります。が、貧しい国です。そんな国に母の友人は好き好んで住んでいるわけですが、理由を尋ねると、ある日ボリビアへ旅行へいった時に、涙が出て止まらなくなった、と。そしてそれから毎年ボリビアを訪れるにつれて、現地の人とも仲良くなり、自分が外人ではないような錯覚さえ覚えるようなり、移り住みました、と熱く語っていたそうです。

実は興味深いことにこの手の話は一つや二つ身近にあるのではないでしょうか。前世はもしやその種族だった、もしくはその仕事をやっていた、なんて思いこんでしまうような出来事や偶然が重なって我々の頭を刺激します。

最近、たまたま私もある人に会いにいきました。その方の名前は、京さん(匿名)といいます。京さんは、ぼくが大変恩があるお方で、10年前以上も前に台湾留学を可能にしてくれた方です。教育部で領事館に勤めている方です。ぼくに台湾の大学院のあれこれを説明してくれ、大学の選定や申請の手伝い(書き方)などもしてくれ、台湾奨学金の存在を教えてくれた方です。たまたま時間が空いたぼくは、目黒から近いその領事館に足を運びました。よもや京さんがまだいるはずがない、と思っていたぼくは連絡先を聞こうと思ったのです。電話でやるより直接話したほうが信じてもらえると思いました。そこで、領事館の正面玄関から怪しまれないようにそおっと入っていき、受付の50代の女性の方に挨拶をしたあと、当時の恩人と会いたいと説明しました。

名前は名字だけ覚えていたのでそれを中国語で伝えると、瞬時に顔が明るくなり、疑い深い目も優しいものへ変わり、「いますよ、いますよ!」とすぐさま電話をかけてくれました。ぼくは、嬉しさと同時に、ほんとにいるのか、とびっくりしていました。そして待つこと10分、京さんが下りてきてすかさず私は両手で厚く握手を交わしました。10年以上の歳月がたっていたのに、その面影は前と変わっていませんでした。そして「君のことは覚えてるよ」といってくれました。あとで分かったのですが京さんは一度本国へ帰国なさって、また日本へ戻されたのだと。だからたまたま機会があったのですね。でも、帰り際にその確率を考え、私はやはり「縁」というのはあるのだなと改めて時の神に深く感謝しました。

ぼくが台湾大学大学院を受験したのは23歳の頃でした。そして不安のどん底にいたぼくにとって京さんの励ましは深い心の井戸の中へ差し込む一筋の光でした。中国語もろくにできなかったぼくは領事館を何度も尋ねました。当時のぼくの計画は以下の通りでした:

1) 大学院を受ける
2) 受理問わず、受かることを信じてまず台湾に先に飛んで語学留学を始める
3) 数か月後に結果発表と同時に帰国が継続が決まる
4) 時間を無駄にしないためにも大学院がはじまるまでの6か月間が大きな勝負
5) 計2年半年で中国語を相当なレベルまで極める
6) 過去の過ちを起こさないために、工夫する。その工夫がアクションとなって表れる
7) 再就職(または起業)

その重要課題第一歩として大学院に受かることは必須でした。社会人復帰を精神的に受け入れられなかったぼくにとってはもう背水の陣を敷くしかりません。退路はすでに断たれていました。

IMG_0433前回のブログで「思い通りにならないと思っている人、そう思っているからだ」と書きましたが、この当時はそんな原則は知りませんでした。信じれば道は開ける、のようなフレーズを良く耳にします。そしてそれはその成果や成功の体験を潜ってきた人にしか言えないことだということが今になってはっきりわかります。では、なぜほとんどの人はこの楽観的かつプラス思考を支持するのか。それは失敗した人は自分が失敗したことを本なんかにださないからです。ここで重要なのは真剣に失敗しない方法を考えることだと思います。

ぼくにとって今回の計画が失敗しないことはすなわち、大学院に受かることでした。そのほかの問題(例:学費や金銭)はどうにかなるとおもったからです。

受けた3つの大学院はすべて通りました。まだ覚えているのが台湾大学の結果発表がオンラインで公表された時の緊張感です。ウェブサイトのページが開くのがやたらと遅く感じて、マウスのクリックの音が太鼓を叩くように心臓へ響いてくるのです。「カチ、カチ」が心のなかでも「ドン、ドン!」とです。そして自分の名前を発見できたときには我を忘れ有頂天になりました。人間その目的がはっきりし、その結果の重みが更にはっきりしている時の出来事は一生覚えているのだと思います。

ただすべてがすんなりとはいかなく、大学発表結果があった6月から数週間後、台湾領事館から奨学金の選考落ち通知がきました。お金のほうはバイトやなにかで工面できると思っていましたが、やはりそれはぼくの中国語の勉強やそのほかの勉強の妨げになってしまいます。時間は有限なので、悔しかったです。これで自分は更に人一倍頑張らなくてはと決心はしたものの、、同時に、両方できるのかどうか、不安になりました。やはり日本へ帰国したほうがベストなのか。それが今回最後に奨学金というハードルを乗り越えられなかったサインなのか。自分の今後に苛まれていたぼくを救ってくれたのは、京さんからの電話でした。奨学金の残念な結果に対し、ぼくを励ましてくれようと思ったのでしょう。

ぼくは、もらって電話で恐縮だったのですが、彼に言われたことを必死にやり遂げ、先に語学留学をし、受けた大学院もすべて通った旨を伝えました。普通なら、ここで彼の仕事としては、慰めで終わるのでしょうが、京さんは違いました。「良く、頑張ったな!」よし、じゃこっちもなにかできないか教育学部ともう一度掛け合ってみる、と言ってくれたのです。ぼくは半分耳を疑いました。こんなことってあるのか。京さんがぼくのためにひと肌脱いでくれたことは言うまでもありません。その男気に、これからの結果を問わず、僕は心を打たれました。その思いやり、機転の利かしかた、正義感や使命感、すべてにおいて今でも忘れられません。

そして待つこと2週間、京さんから電話がかかってきました。

「ファックスを送りたい」から番号をくれと言いました。番号を伝え、すぐさま送られてきたファックスには、「台湾奨学生受理者」とつづられ、ぼくの名前が一番最後の列に「Hattori Shusaku」と記載されていました。ぼくは受話器の向こうにいる京さんに思わず、頭を下げました。「ありがとうございます!」がぼくの口から連呼され、京さんはおめでとう、「恭喜,恭喜」と穏やかな声で、そして少し笑っていました。

社会人になって10年以上が経過して気づいたことがあります。それは人は自分がいかなる場合でも重要な存在であると認めて欲しいという基本的な欲求です。最近はソーシャルメディアの氾濫で残念なことにこの「認めてもらう」というのが「数」のゲームになっており、「質」では無くなってきていることです。何人、何百人、何千、何万人に影響力を及ぼせるか、といったことに誇りや自信を求めてしまっています。例えば、フェースブックの「Like」ライクの数。気になってしょうがないですよね。知らず知らず競い合っている人たちを沢山知っているのではないでしょうか。しかし、年を重ねていった人生の先輩方や著名な作家の本を読んでいくと、往々にして気づく点が、人生の終わりに人が求めるのは「人生のなかで深く関わってくれた人への恩恵、愛情、そしてその人たちの自分へ対する慈愛」だといっています。その思いが大きな柱となり、支えとなり、人は新たな世界へと旅立っていくのです。

だから、ぼくにとっては京さんはそんな大木のような存在です。人生の最後に、かならす思い返してしまう、ひとりの大切なマイ・ヒーローなのです。

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シュウ ハットリ

シュウ ハットリ

経営コンサルタント。カナダ・マギル大学商学部卒業、政府奨学生として国立台湾大学卒業(経営学修士)。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て2015年独立。日中を市場とする求人ポータルサイト運営など、ベンチャー設立経験も複数有する。日本語と英語を母国語とし、中国語も堪能。初の著書として、米国にて2015年11月に『The McKinsey Edge』(マグロウヒル社)を刊行、2016年7月7日に本人完訳による邦訳版も刊行。 Shu Hattori is an author of a global-selling book called The McKinsey Edge (McGraw-Hill Publishing), which helps give practical tips for successful career to leadership. The success principles outlined in the book are based on his own personal experiences while at McKinsey and insights he acquired from other leaders. It has been translated into Japanese and Spanish.
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